和モノの代表 大橋純子のJUNKO OHASHI – POINT ZERO

俺が東京に来てダンクラ・イベントにはまりいろんなイベントに繰り出してた頃、出会った音が大橋純子だった。
ファンク全般を後追いで聴きあさって、やっぱライトにカッコよく洗練されている音がいいよなって思うようになったのがニューヨーク・サウンドだった
Howard JohnsonやBB&Q、Change、Kashifなどであったがもちろんサーファーズ系も最高だと感じていた。ようは広範囲に踊れる曲に首ったけであったな。そんな何でも許容できる時に聴いたのが大橋純子のDANCIN’だった。日本人なのになんで洗練されているんだろう、ブリリアント!って叫んだな。
日本のものにはあまり興味がなかったが過去から角松敏生や山下達郎のファンクも好きだったのでそのあたりの音がかかることイベントもあった。ちょっと脱線しているかもしれないが和モノが注目されていた頃からしばらく経っていて、所謂シティ・ポップという取り上げられる前のレアグルーヴの扱いで日本のファンクが掘り起こされていた時があった。大橋純子を知ったのはその頃だった。
大橋純子は「たそがれマイ・ラブ」しか知らなかったかな。歌うまのオバちゃん程度しか。それがどうよ、英語でビシビシに歌い上げるニューヨーク・サウンドをやっていたとは。
既にDJ、レアグルーヴ好きには知れ渡っていて、この1983年04月01日発売のPOINT ZEROはもう高嶺の花で手に入らなかった。おそらく俺が角松敏生がめちゃええやんっていってた90年代後期は今の角松敏生の価格の3分の1程度で原盤購入できてたが大橋純子のこのお皿は見かけもしなかったな。
ずいぶん、時が経って2021年に再発された。HMVからだったかな。そしてオリジナルが少し値崩れする頃にやっと購入。2009年にCDも発売されていたけど以前からアナログに集中していたのでもう何年越しの出会いだったか。
傑作ブギー「DANCIN’」を筆頭に当時のニューヨーク・サウンドを惜しげもなくパーフォンマンス
なんとデイヴィッド・サンボーンがサックス・ソロで参加する
晩年は癌になって声が出ないとか、ボーカリストにとってどんだけストレスを抱えて生きていったのか。本当に早くに旅立たれ惜しまれるよ。